会長就任のご挨拶


 本年11月の理事会で会長に選任されました大淵でございます。
 私は、経歴にあるとおり、国税庁等に33年間奉職したのち、中央大学商学部教授として19年間、教育、研究に従事、平成27年に定年で退職した後、税理士登録し(東京地方税理士会相模原支部)、今日に至っています。この間、税務実践の税法解釈を中心に研究してまいりましたが、この租税訴訟学会が私の研究領域に則した学会であることから、学会創設当初から入会しています。
 しかしながら、中央大学の教育研究業務、特に大学院教育は指導院生が多数であったことから多忙を極め、当学会の活動には本格的に参画できなかったのですが、教職を離れてから今日までの約8年間は、私なりの学会活動をしてまいりました。
 このような経験の私は、当学会の会長就任を固辞してまいりましたが、諸般の事情を考慮した上で、会長就任を受諾するに至りました。
 当学会は弁護士が約431名、税理士が937名の約1500名に近い会員を擁しており(※令和3年11月1日時点)、この点からも、税務争訟について法律の専門家である弁護士や租税法の専門家である税理士が、いかに強い関心を寄せているかが理解できるかと思われます。ただ、その会員数の割合からしては、当学会の活動に直接参加する会員の割合は低率であると認識しているところです。この点の改善については何らかの改革を図るべきではないかと感じています。
 当学会は、法律・税法の専門家が会員ですが、その意味では、他の学会とは異なり、いわば「理論と実務の融合」又は「その架け橋」を担う役割を果たすことが重要であると考えています。それができるのは、当学会が税務実務及び税務争訟の代理人として税法の具体的実践に従事している会員で構成されているからです。
 現在、租税訴訟学会は、日弁連税制委員会が構築を目指している当番弁護士制度を側面から支援するために、納税者人権救済センターを設置、補佐人税理士をサポートし、また、争訟事件等に関する意見書 (アミカス・ブリーフ)の作成のための委員会の設立等の活動計画の具体化が提示されています。これが、正に、「税法理論と実務の融合」の具体化であると考えますので、この活動計画の実践・実施のために議論してまいりたいと考えています。
 現在、多くの争訟事件の裁決及び判決の内容の現状をみますと、ここ20年間で相当程度、その内容の質が低下していると感じているところです。もとより、理論的に秀逸な判決の存在を否定するものではありませんが、現実の実践体験からすると、紋切り方の、かつ、納税者の主張に対する理由附記が不備であるという、極めて遺憾な裁決及び判決がみられるのも争訟実務の実相です。
 たまたまつけた深夜のテレビで、その舞台劇の主役が「国家は希望である、行政はやさしさである。」と叫んだセリフを今も忘れることができません。この舞台劇は劇作家「つかこうへい氏」の作品と記憶していますが、そのセリフが忘れられないのは、国税の職場を退官してから、税務争訟において納税者側から多くの鑑定意見書を提出していた時代であり、その中には争訟の裁決、判決で合理的理由も示されずに、意見書の理論が排斥されるという経験をしていたからです。
 少なくとも、権利救済機関としての国税不服審判所及び裁判所の判断は、納税者の財産権侵害を救済するという視座から、論理的に納税者が納得できる内容の詳細な判断をすべきであるということが期待されているのです。その期待が望めないのであれば、争訟の提起は時間と無駄な経済負担という納税者の思いが醸成され、現在のような訴訟提起を断念するという事態が懸念されるのです。現在の税務訴訟の低迷が、納税者のそのような思いに基因したものでないことを祈りたいと思います。
 租税訴訟学会は、このような税務争訟の現実を直視し、課税権行使に起因する納税者の権利侵害の救済を図ることに注力して、それに向けた学会としての活動を実践したいと考えています。
 このような実現に向けては、理事の皆さん方はもとより、学会会員の支援が必要不可欠であると思料しているところです。ご協力をお願い申し上げ、私のご挨拶とさせていただきます。

令和3年12月21日 
租税訴訟学会 会長 大淵 博義 
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